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2012-05-18

以前離れた場所で活動されているボランティアの方から
「当事者とボランティアの区分けはいつまで続けばいいのだろう」
という投げかけをもらったことがありました

確かに離れた場所で出来るボランティアがほぼなくなりつつある今
いつまでもということは難しいかもしれません

ただその上で伝えたいこと。それはまだ人知れず苦しまれている方が
いらっしゃるということです

武蔵小杉で活動されている小林郁子さんがおっしゃっていました
「支援するボランティアするじゃなくて、そこにまだ苦しまれている方がいるから」

隣で苦しんでいる方がいるから何かできないかと思う、逆にいつ自分がそういう立場に
なるのかもわからないんだしとおっしゃられていました。
震災を風化させないためにも、たとえ理解は出来なくても、一度は苦しまれている方の
感情に触れるようにボランティアさんに伝えてくれているそうです

そこで感じるものこそが今そしてこれから一番大切なものなのかもしれないなと
聞いていて私はそう思いました。苦しみの中にある思いをくみ取り、寄り添いつづけること
そこからスタートすることがあること




思い出探し隊の設立から1年2カ月が過ぎました。
写真洗浄ボランティアの皆さまのおかげで本当にたくさんの写真を救って頂き、また持ち主
のお手元にもたくさんの思い出が返ったと思います

名取に限らず東北各地、日本各地での写真ボランティアの「人のために」「持ち主のために」
という大変な数の思いと、探しに来られた方の喜びが繋がった場面は数えきれないほど
あると思います

ボランティアの充実感、持ち主の喜び
阪神大震災の時にはなかったことです。本当に素晴らしいことだと思います




ただその裏に思いを馳せれば、今も見えないところで人知れず苦しまれている方の
感情はむしろ真逆だと思います

そしてその多くは見えない声であるということ・・・

思い出探し隊も日本各地とたくさんの繋がりを持たせて頂きました
大変な数の思いが繋がり、大きい力として後押ししてくれました

ただその繋がりはまだこちら止まりなのも事実です
苦しまれている方に新しい繋がりとして何か生まれたんだろうか?
気持ちの繋がりが生まれたんだろうか?




阪神大震災で現地に入ったボランティアの数は東日本よりずっと多いそうです
そこにはおそらく当時関わった方々の大変な数の思いがあったと思います

ただ17年たった今「震災があったけどでも今がある」という声はあまりないと
現地の記者の方からも聞いています
色々な要因があるようですが、ただ新しい気持ちのつながりはあまり
出来なかったのかなと思います

今も携わってくれているボランティアさんの大変な数の苦労と思いに対して、
失礼な表現で申し訳ないのですが、ただ今のままでは、写真洗浄して返せて
よかったで終わってしまうのが怖いなと思うことがあります

気持ちを共にする仲間や、つながり・絆も新しく生まれても
こちら止まりで終わってしまうとこの先何か産まれるんだろうか・・・

今のままでは阪神と同じ道をたどるのかな・・・

つながりという言葉をたくさん使ってきました。でも一番土台にくるものってなんだろう?
私はそれは気持ちだと思います

震災が過去のものになりつつありますが、
だからこそ今のうちになんとかそこを伝えていきたい
同じことを繰り返しが起こらないように





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