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2012-07-09

写真洗浄ボランティアも様々な考え方
またボランティアさん個人個人でも色んな段階があると思います

この一年振り返ってみて私とボランティアさんの間にも結構すれ違い
多かったなと正直思いました


        「ボランティア」-「当事者」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」-「現実」   

どうしても写真は目的からして返却でありそのために
「ボランティア」「現物(写真)」という目線が圧倒的に強くなります

私は「当事者」「現実」によって欲しいとずっと伝え続けてきました
勿論上に書いたように分かれないし背負えない、でもその上で
配慮でき、いつまでも寄り添う。洗浄が終わってもいつかその中から
新しいつながりが生まれ、物語が生まれて欲しい

でも初めてボランティアに参加する方や、当事者の現実に少しでも
触れたことがなければそれは難しいし強制はできないです

分からないまでも配慮し相手の気持ちを少しでも想像しようにも
そうなるのも人によっては大変だと思います

ただ今温度差や距離では表せないくらいの「違い」がある中で
このままではという思いは思い出探し隊を引き継いだときからありました


        「ボランティア」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」


今洗浄活動も様々な積み重ね、つながりを経てそれが一つの世界に
なりつつあると思います

最近富士フィルムさん主催の救済サミットがありましたがその中でこういう
セリフがありました

「今はまだ取りに来ることが出来ない人がいる
取りに来るのは十年二十年先になるかもしれない」

私が正直言葉が軽いと思いました
勿論私もその苦しみは分かれない
でもそれってそんな簡単に使える言葉?
その本当の現実を少しでも知ったら写真継続の理由にする前に
もっとすることがあるんじゃないかな?

ただ恐らくそう感じたのは多分私だけだったと思います

決して洗浄活動を正義にしないで欲しい
善い事ですし、大切なことです。ただそれだけは決してしないで欲しい


        「ボランティア」-「当事者」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」-「現実」

継続する中ではどうしても「ボランティア」「現物」が強くなります
現物、現場の中での事実の積み重ねも増えてくると思います
どれだけの方がその中で「当事者」「現実」に寄り添い続けれるか


ゆりあげは写真の再洗浄が必要なものがあり、今後また多くの方々に作業を
お願いしようと思っています。環境が悪いこともあり、保全にも力を注いでいきます
ただその中でどれだけの方が上の図で左じゃなく右に寄ってもらえるか

今また大きな左側への力が生まれてきつつあります
間違いでは決してないし、その中から生まれるものも沢山あると思う
ただ私はあくまで右側へ寄り添い続けたい
思い出探し隊はボランティアではなく人を思いやれる隣人であり続けたい




最後に以前静岡よりお見えになった方から頂いたメッセージを紹介します
伝えられる方だと思います。こういう方が今後も一人でも多く出てきて欲しい

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私は昨年の7月より写真洗浄に参加しておりますが、被災地への訪問は
今回が初めてであり、見るもの聞くものが今までの自分の認識と違っていて
驚きました。遠隔地で活動している為か、世間では震災があったと言う事が
風化しつつあると言う現実と同じ様に洗浄をする目的や自分の気持が
本来の目的とずれてきているような気がしていました。

今回新井さんのお話や竹澤さんのお話を直接聞くことが出来、
また実際に被災地をこの目で見て空気を肌で感じて、
今後自分がどの様に写真洗浄と向き合っていかなければならないのかを
理解することが出来たと思います。

ボランティアする内容がどうこうではなく、被災された方々の立場に立って
気持を思いやる心が大切。その気持をしっかりと持っていれば、
自分が何の為に写真を洗浄しているのかが”本当の意味”で
理解できると思います




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