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2012-07-22

7/17は思い出探し隊の発起人竹澤さんの息子さんの
雅人君の2歳の誕生日でした

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先日マイケルサンデル教授とお会いした時のことがNHKの
番組で放送されました

「今も苦しんでいる方の前で復興なんて言葉は使えない」

おこがましくも自分でそう伝えておきながら、このブログのタイトル
どうだろう?「絆」「未来」同じことだと思います

当事者の方に接しさせて頂いてきた今の今まで
なんらそこを見ることはなかった・・・

今回気づかせてもらったのも当事者の方がご自身のブログに
書いてくれていたからでした

私達には当たり前、見えないことも場合によっては人を不快に
させてることは本当に沢山あると思います

だからこそ自分の外の「分からない」「見えない」ものに対する
意識を常に持ち、当事者の声や感情に常にアンテナを張らないと
すれ違いが起きるし、また起こしても自分ではなかなか分からない

「配慮」「相手の気持ちを想像する力」言うだけになっていたと
気づかされました。改めて反省しないとと思います







2012-07-15

http://ameblo.jp/cori2274/entry-11291023700.html

当事者の方の声の一つです、でも殆どの方は思っても表に出さない
のも事実だと思います

人の気持ちを想像する力
このブログの初期に私が書いたことですが、発起人竹澤さんと
接して感じたこと、それは「分かれない」ということでした

自分の中には全くない世界といったらいいのか・・・

だからこそ極めて慎重に、自分では見えないもの分かれないことを
常に意識しないと、すれ違いを起こしてしまう

写真洗浄」「現物」「現場」はトライアンドエラーの積み重ねでここまで
来ました。ただその先にある「現実」「気持ち」はそれは通用しない世界だと
思います


正直に言うと「写真洗浄」「返却」だけのストーリーを作っていくのは
そこまで難しいと思ったことはないです
勿論途方もない数の方々の協力のおかげですが

ただ善意と当事者を結ぶのはそう簡単ではないと思います
でもそれをしないとまた今回と同じことを起こしてしまう
勿論善意も当たり前のものではないし、その行動は貴重で素晴らしいです
でもだからといって全てが許されるわけじゃないと思います

今後も場所によっては写真洗浄が続く限り、
喜びと同時に悲しみが続いてしまう場があるかもしれない

ゆりあげでは残念ながら何度か起きたかもしれません

改めて写真の背景には人がいるということ
現物、現場の事実のみで考えることの影響
継続のためにそこに正当性、必要性を訴えることの影響
(勿論否定は決してしないですが)
生み出すものもあれば傷つけてしまったこともあるそれはなぜか

様々なことを考えて欲しい
そこには様々なジレンマや葛藤も生まれてくると思います

でもそれを選択できるかできないか

マイケルサンデル教授の言葉を引用させてもらうと
「負荷ある自己」「負荷なき自己」のどちらを選べるか


そうすれば「善意と当事者の間に何があればそこに気持ちのすれ違いが起きないか」
という問いに対する答えに徐々に近づいていけると私は思います


2012-07-09

写真洗浄ボランティアも様々な考え方
またボランティアさん個人個人でも色んな段階があると思います

この一年振り返ってみて私とボランティアさんの間にも結構すれ違い
多かったなと正直思いました


        「ボランティア」-「当事者」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」-「現実」   

どうしても写真は目的からして返却でありそのために
「ボランティア」「現物(写真)」という目線が圧倒的に強くなります

私は「当事者」「現実」によって欲しいとずっと伝え続けてきました
勿論上に書いたように分かれないし背負えない、でもその上で
配慮でき、いつまでも寄り添う。洗浄が終わってもいつかその中から
新しいつながりが生まれ、物語が生まれて欲しい

でも初めてボランティアに参加する方や、当事者の現実に少しでも
触れたことがなければそれは難しいし強制はできないです

分からないまでも配慮し相手の気持ちを少しでも想像しようにも
そうなるのも人によっては大変だと思います

ただ今温度差や距離では表せないくらいの「違い」がある中で
このままではという思いは思い出探し隊を引き継いだときからありました


        「ボランティア」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」


今洗浄活動も様々な積み重ね、つながりを経てそれが一つの世界に
なりつつあると思います

最近富士フィルムさん主催の救済サミットがありましたがその中でこういう
セリフがありました

「今はまだ取りに来ることが出来ない人がいる
取りに来るのは十年二十年先になるかもしれない」

私が正直言葉が軽いと思いました
勿論私もその苦しみは分かれない
でもそれってそんな簡単に使える言葉?
その本当の現実を少しでも知ったら写真継続の理由にする前に
もっとすることがあるんじゃないかな?

ただ恐らくそう感じたのは多分私だけだったと思います

決して洗浄活動を正義にしないで欲しい
善い事ですし、大切なことです。ただそれだけは決してしないで欲しい


        「ボランティア」-「当事者」
    「現物(写真)」-「現場(会場)」-「現実」

継続する中ではどうしても「ボランティア」「現物」が強くなります
現物、現場の中での事実の積み重ねも増えてくると思います
どれだけの方がその中で「当事者」「現実」に寄り添い続けれるか


ゆりあげは写真の再洗浄が必要なものがあり、今後また多くの方々に作業を
お願いしようと思っています。環境が悪いこともあり、保全にも力を注いでいきます
ただその中でどれだけの方が上の図で左じゃなく右に寄ってもらえるか

今また大きな左側への力が生まれてきつつあります
間違いでは決してないし、その中から生まれるものも沢山あると思う
ただ私はあくまで右側へ寄り添い続けたい
思い出探し隊はボランティアではなく人を思いやれる隣人であり続けたい




最後に以前静岡よりお見えになった方から頂いたメッセージを紹介します
伝えられる方だと思います。こういう方が今後も一人でも多く出てきて欲しい

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私は昨年の7月より写真洗浄に参加しておりますが、被災地への訪問は
今回が初めてであり、見るもの聞くものが今までの自分の認識と違っていて
驚きました。遠隔地で活動している為か、世間では震災があったと言う事が
風化しつつあると言う現実と同じ様に洗浄をする目的や自分の気持が
本来の目的とずれてきているような気がしていました。

今回新井さんのお話や竹澤さんのお話を直接聞くことが出来、
また実際に被災地をこの目で見て空気を肌で感じて、
今後自分がどの様に写真洗浄と向き合っていかなければならないのかを
理解することが出来たと思います。

ボランティアする内容がどうこうではなく、被災された方々の立場に立って
気持を思いやる心が大切。その気持をしっかりと持っていれば、
自分が何の為に写真を洗浄しているのかが”本当の意味”で
理解できると思います




2012-07-05

雅人ママの小さくて大きい日常

最も書きたくないことですが・・・

洗浄団体の方々の話ですが自分の思いのみで思い出探し隊に関与しようとし
気持ちのすれ違いを起こしかけました

勿論良かれと思ってのことでしょうが・・・
一年以上震災ボランティアに関わってきて何を得たんだろう・・・

今見えないところで沢山の方々が動いてくれていることも
気持ちのすれ違いひとつで途切れることもあるのに・・・

過去本当に沢山の物語がありました
思い出探し隊や観光復興PJ、その他にも
気持ちのすれ違いを起こして起こること
それは人が離れることだけ

「善い事」が「正しくないこと」を引き起こすこともある
勿論分かれない部分沢山ありますが、気持ちのすれ違いを起こすのはなぜか
今一度考え直して欲しい。同じこと初めてや2回目じゃないんだから

そしてこういったことの積み重ねがマイナス感情をお互い増幅していくんだから

私が最初に自覚したこと、それは分からないこと
当事者に限らず他人に関する部分、そこから少しずつ繋がりが生まれ
信頼してもらえる中で、ともに作れる物語に少しずつ関与させてもらえるのかな

http://ameblo.jp/lunacreation/entry-11291596770.html


2012-07-01

武蔵小杉の小林さんが書いてくれていました

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その地に立ったときに、カメラで撮る前に、手を合わせる、
そんな難しいことでないよね。

それをしたことによって、現地の人の心が穏やかになったり、
気持ちが近くなったりしたら、嬉しいし、傷ついている人が
もっと傷つくことなんて誰もしたくないよね。

苦しんでいる方々の、悲しみをなくすような、奇跡を起こすことは
できないけど、これ以上辛い思いにさせないことの配慮は
君達中学生だってきっとできることだよね。

... 小さなことだけど、勇気ある一歩、それが出来る人になろう。


268名の生徒に一番言いたかったことです。

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3現主義という言葉があります
「現場」「現物」「現実」

写真は現物、返却は現場、じゃあ現実は?

ありのままの姿や言葉や感情があり
写真という現物をきっかけに現実に少しでも近づこうとし
経験や場所や世代を超え、共通して伝えられること

それを自分の言葉で実践する中で、分かることがあると思います

それが出来れば洗浄活動が「善いこと」から
少しでも「正しいこと」.に近づくのかなと思います

あくまで私の思いですが・・

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